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3〜旅と子育ては似ている〜
暮らすように旅する…憧れのワードとは裏腹に子ども達との旅はまさに暮らすように日々のごはんに追われる夏休みです。けれど大人も知らない事、分からない事が多い海外で旅をすると、自分の視線や思考に注意をはらうようになります。「普通は」が通用しませんから。子どもに対しても今何を感じているのだろうと観察する機会が増えるし「これって何?」「どんな味だろう?」と本心から会話できる事って日常では中々味わえませんよね。「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、追われるような日常をだんだんこなすようになってくる大人にこそおススメです。
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2〜子と過ごす夏休みの最適解と働き方〜
学童行かない宣言を受けたチェコと毎日お弁当作りなやすはが送る夏休みの最適解(もちろんない)。人生のステージによって働き方は変えられるのか?懐かしい保活という活動と合わせて話しています。話の中にでてきた🇯🇵と🇸🇪(やすはさんが訪れた)との違いをまとめてみたのでご参考に。・日本と北欧(特に代表国であるスウェーデン)の保育制度には、「誰を主体(主役)として考えられた仕組みか」という根本的な思想の違いがあります。 ひと目でわかる「主体の違い」日本(親主体・福祉の補完) 北欧 / スウェーデン(子ども主体・子どもの権利)・根本的な捉え方🇯🇵親の仕事のサポート(福祉の補完) 🇸🇪子どもの成長と社会性の獲得(幼児教育)・利用できる基準🇯🇵親の家庭保育ができない証明(点数・保育の必要性)🇸🇪親の状況(無職、求職中、育休中など)に関わらず**「すべての子どもの権利」**・働き方への影響🇯🇵労働時間や収入が変わると点数が下がり、退園を迫られるため働き方を変えづらい🇸🇪親が一時的に仕事を辞めても、子どもは通い続けられるため柔軟に働き方を変えられる 日本の保育:親の状況ありきの「福祉の補完」(親主体)日本の保育園は、歴史的に「親が家庭で保育できない状態をサポートする」という福祉政策からスタートしています。日本の児童福祉法や子ども・子育て支援法では、保育園を利用するために「保育の必要性の認定(事由)」が必要です。就労(フルタイムかパートか)、介護、病気などの条件を「点数(指数)」にし、点数が高い順に枠が埋まります。そのため、「親が働いている(あるいは働けない)」ことが通園の絶対条件になります。親が「少し仕事をセーブしてゆったり働きたい」「フリーランスに挑戦したい」と思っても、勤務時間が減ると保育の必要性の認定が外れ(または点数が下がり)、保育園を退園させられてしまうこともあります。幼稚園という選択肢や子ども園の拡大、子どもが皆通えるようにという動きもありますが、まだまだ変わっていない状況ではないでしょうか? 北欧(スウェーデンなど)の保育:教育とケアの一体化(子ども主体)北欧諸国、特にスウェーデンでは、保育園(プリスクール)は親を助けるためだけのものではなく、「すべての子どもが質の高い幼児教育とケア(民主的な教育)を受ける権利」として法律で保障されています。 この教育とケアを一体にした概念を「EDUCARE(エデュケア:Education +Care)」と呼びます。スウェーデンの学校法(1998年〜)では、就学前学校(プリスクール)が正式に学校制度の一部(幼児教育)として組み込まれました。これにより、親が働いているかどうか、または育児休業中(第二子の誕生など)や求職中であっても、1歳からすべての子どもに対して週に一定時間以上の無償のプリスクール利用枠が保障されています。親の雇用形態や就労時間がどう変化しても、子どもの「園に通う権利」は脅かされません。だからこそ親は、キャリアを一時的に休んで学び直したり、フリーランスとして起業準備をしたり、働く時間をセーブしたりと、ライフステージに合わせてグラデーションのように働き方を柔軟に変えやすいそうです。
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1〜自己紹介とラジオ名の由来
かの有名な土佐日記、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」もとい「あの人もすなる移住といふものを、私もしてみむとてするなり」ということで、同じ時期に土佐へ移住した私たちという観点で自己紹介してみました!(参考資料)1、土佐日記土佐日記は、平安時代の歌人である紀貫之が、935年頃に書いた日本文学の代表作です。日本最古の日記文学の一つであり、「日記」でありながら文学作品としても非常に高く評価されています。①どんな内容?物語は、紀貫之が土佐国(現在の高知県)で国司の任期を終え、都(京都)へ帰る約55日間の船旅を描いています。旅の中では、●●船旅の苦労や天候各地の風景家族や旅人との交流娘を亡くした悲しみ和歌を詠み交わす様子などが、繊細な感情とともに綴られています。②なぜ「女性が書いた」という設定なの?最も有名なのが冒頭の一文です。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」現代語にすると、「男の人も書くという日記を、女の私も書いてみようと思って書きます。」という意味です。実際の作者は男性である紀貫之ですが、あえて女性になりきって書いたことが大きな特徴です。当時、●●男性の公的な文章は漢文で書くのが一般的女性は仮名文字(ひらがな)を使うことが多いという時代でした。紀貫之は、女性の視点を借りて仮名で書くことで、役人としての記録ではなく、人間としての感情を自由に表現しました2、アラフォーの私たちが育った時代は「こうあるべき」「こうしなきゃ」「みんながしているから」が強かった?とAIに聞いてみた!①時代背景:「逃げ切った親世代」の価値観の刷り込み私たちが子ども時代を過ごした1990年代〜2000年代前半は、バブルが崩壊したものの、まだ世間には「良い大学を出て、大企業や公務員(お堅い職業)になれば一生安泰」という昭和の成功モデルの残像が強く残っていました。 私たちの親世代(団塊の世代やその少し後)は、まさにそのレールに乗って逃げ切れた、あるいはそれを「正解」だと信じて疑わない世代です。そのため、家庭環境としても悪気なく「ちゃんとした仕事に就きなさい」「みんなと同じようにしなさい」という教育になりがちでした。②学校教育:「みんな一進同体」の横並び意識私たちが受けた教育は、まだ個性を伸ばすことよりも、「減点されないこと」「周りからはみ出さないこと」が評価される時代でした。 就職活動の時期(ロスジェネ後期〜リーマンショック前後)も、みんな同じ黒いリクルートスーツを着て、どれだけ社会の型(漢文)に自分をはめ込めるかを競わされました。この経験が「レールを外れたら終わりだ」という恐怖心をより強固にしたのです。実際には、1990年代から2000年代に育ったアラフォー世代は、●●●終身雇用の価値観がまだ強く残っていた「安定=幸せ」という考えが広く共有されていた学歴や就職で「失敗しないこと」が重視される風潮があった
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0 〜なぜ肩の力が抜けるラジオを始めたいか?〜
この番組は、辺境の地で子育てをしながら、「正解」だけじゃない選択肢を大切に生きている私たちの聴くとちょっと肩の力が抜けるラジオです。もともとお堅いサラリーマンをしていた私たちが、世界一周や海外生活を経て、高知へ移住。地域おこし協力隊で有機農業をしているやすはと山奥でチャイ屋を営むチェコがお送りします。初回は、なぜラジオを始めたか?です。「ちゃんとしなきゃ」と思ったことがある人は、ぜひ聞いてみて下さい。
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