PODCAST · science
ハナボウズの山ログ
by ハナボウズ
群馬県中之条町、標高1000mの山の中ハーブや宿根草を育てる「ハナボウズ」園主(中島)が、日々の農作業の合間に、山の音と言葉を記録しています。ステレオ録音で、山の中にある畑の環境ごと、カエルの声、鳥の声、風の向き、遠くのチェーンソー音、この山に生きているものたちの気配いつか誰かがこれを聞くとき、朝の空気が伝わったら面白いなと思っています。ハナボウズ圃場コード:たびたび登場する、畑の定義です。K = 湿地・開放農地・森林が接するエッジ環境A = アトリエ(現在の作業場の隣)G = ゴリラ形の岩がある枝もの畑(Aから100mくらい)M = 開拓時に水鉄砲がぶら下がっていた畑、標高1030m・北向きの最高地点の畑(Gの隣)Y = 100坪のビニールハウス(町から借りている)ハナボウズの様子(Instagram):https://www.instagram.com/hanaboze92https://listen.style/p/hanaboze92?Y5d1uTfJ
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長雨、最近のできごと
雨の中、久しぶりに山ログ。気分は低かった。フラワーなおきさんのYouTubeドラフト版では、花より中島が映っていた。見る人によって面白さは変わる。そう受け入れることにした。8月末の六合の花部会での産地見学会、ハナボウズの畑見学はあいにくの雨で中止。その代わり花楽の里でのランチミーティングで、自分たちの花を何度も買い直してくれている花屋さんがいるという話を聞く。気分が少し明るくなる。翌週、大田市場での「六合の花フェア」に参加した。他産地の花を見て、自分はまだまだ未熟だと思い知る。商品とは思い入れではなく、見た目と荷造り。その場で、ずっと聞いていたポッドキャスト「友達は農家」の齋藤さんと偶然出会う。初対面なのに、もう友達のような感覚がある。音声配信とは不思議なものだ。東京の花屋さんを訪ねると、自分が出荷した小ロットのセダムが店頭に並んでいた。月曜に切った花が金曜の店頭に。その繋がりに、少しの喜びがある。だが雨は続く。朝3時半の仕事の朝早さ。肉体的にも精神的にも、少し崩れていた。話しているうちに、気分は1から2へ上がった。9月20日の畑見学会が迫っている。積み花が足りないかもしれない。ぐちゃぐちゃになった畑も、自分の生態も、ありのままを見てもらおう。
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サラリーマン花屋なおき "FLOWER NAOKI" 【環境音】
2026/8/23㈰午前。マイクを持つのはサラリーマンなおき。昼間はサラリーマン、休日は花屋として活動する。花の世界の魅力を日本中に広げることを使命とし、YouTubeやInstagramで発信中。花の産地へ足を運び、生産者を掘り下げる活動を展開している。マイクとカメラを手に、ハナボウズを訪れた。初のゲスト回【環境音】
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道が封鎖された日
2026年8月15日13時33分、中島は自宅の前で録音を始めた。前夜の祭りで酒を飲みすぎ、疲れを残したままの声である。この日の記録は畑ではなく、住宅の前から始まった。午後から畑に出て、草取りと防除を少しやっておこうと考えていた。しかし昨日から今日にかけて異常な雨が降り、大雨のために畑へ通じる道が封鎖された。予定は道の封鎖という一点で崩れる。山の農地は、天候ではなく道によって断たれることがある。この日はインスタグラムで知り合った岡田花屋さんが六合地区に遊びに来ており、ハナボウズにも立ち寄る約束になっていた。中島は封鎖の旨をメッセージで送り、他の場所を見ていってほしいと詫びた。妻と子は明日のバーベキューの買い出しと日常の買い物へ出かけ、中島は家に一人残された。やらねばならないことを数えるうち、産地見学会に来る人のためのハナボウズの概要資料を、画像を入れてもっと固めようと思い立つ。畑に行かなくとも、やることはあった。最後に雑記として、中島は人に言っていなかった話をひとつ語った。
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セミの鳴き声
八月九日、曇り。中島はKのハウスを歩きながら、しばらくぶりの記録に取りかかった。アルケミラとアストランティア・ローマのマルチの穴から出てきた雑草を抜きながら、義母とおばに贈った花に喜びの電話をもらった出来事を振り返る。お金のためだけでなく、感謝そのものが価値の交換になるという気づき。二棟目のセダムハウスでは自身の背丈近くまで伸びた雑草と、こぼれ種から育ったアマランサス・ベルベットカーテンの観察。鳥の声からセミの声へと、いつの間にか変わっていた環境音も記録に残る。ルドベキア・リトルヘンリーの生育不振、ユーフォルビア氷河の開花、アマランサスのピンチ試験区画の経過報告。8月28・29日には市場経由の来場者を迎える準備として、圃場の草取りを進めていく。
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園主は疲れている
お盆前の出荷を控えた午後、圃場Aの作業場にて一人での作業。娘と妻がともに体調を崩し、いつも二人で行う切り花の選別・調整をこの日は中島一人でこなした。ヘレニウムとセダムは調整を終え、残るは直送便の仕上げとミックス箱、そしてソリダゴ・ファイアワークス。朝は冷え込み、昼は27〜28℃まで上がる寒暖差に体は応え、気分は2。蝉の声とウグイスの地鳴きが、疲れた一日の記録に重なる。
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猪の爪痕、M(ほぼ環境音)
曇り、雨のち曇り。7月27日の朝、M圃場は猪に掘り上げられた畑。注文分のファイアワークスを切りながら、雨が来る前に今日の分を仕上げる。気分は3、平常運転。明日はA圃場の草刈りと防除が待っている。
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先輩にピックアップしてもらうまでの一分
中島は六合地区の自宅から支所へ向けて徒歩で移動していた。これから花に関する勉強会(部会)、お弁当付きの会に参加する予定である。会議に向かう道すがら、中島は不安を感じ、ビールを何本か飲んできたことを口にした。良くないことだと自覚しながらも、そのまま歩みを進めている。勉強会への参加を前に、中島は「責任を持って黙って席についていよう」と語った。録音は「あれ?」という短い発話で終わっている。この後、録音は停止されたが、花農家の先輩が後ろから来て中島をピックアップしてくれたとのこと。
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暑さ対策どうしてる
七月二十一日、火曜日。九時三十一分。中島はセダムとフロックスの防除作業を終えた。週に一度の作業である。あわせて、市場向けの箱詰めも済ませた。Kの石のベンチに腰掛け、山ログを録っている。今朝は出発が早かったため、朝食はバナナとコーヒーのみで済ませた。先ほど、妻が買ってきてくれたフルーツスティック——湿ったフルーツの入った、カロリーメイトに似た菓子——を口にし、いくらか力を取り戻した。今日の気分は五段階中四。空は曇りがちで、今は日が陰っているが、晴れ間も見える一日である。一昨日ほど前から、草刈り用にバートルのエアークラフトという空調服を導入した。装着して電源を入れると、涼しさがすぐに感じられる。
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取材の振り返りとイノシシ災害
父・シンジの誕生日、曇り空の下で始まった一日。注文取りこぼしへの対応、セダムとフィリペンデュラの調整を終えた夕方、今年Mの畑を襲ったイノシシ被害を振り返る。モナルダのピンクをはじめクガイソウやマウンテンミントまで無防備のまま掘り返され、拾えたピンクはわずか五本。毎年注文をくれる花屋への申し訳なさと、暑さと重なる落ち込みの一日。数日前の関東農政局の取材では、公務員と花屋とで響く語り口の違いに気づかされた——ハイドパークやアメリカ研修の実体験が、感性や哲学よりも届いたという独り言。ハナボウズ圃場コード:たびたび登場する、畑の定義です。K|湿地・開放農地・森林が接するエッジ環境A|アトリエ(現在の作業場の隣)G|ゴリラ形の岩がある枝もの畑(Aから約100m)M|開拓時に水鉄砲がぶら下がっていた畑、標高1030m・北向きの最高地点(Gの隣)Y|100坪のビニールハウス(町から借用)
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ナチュラルガーデントゥンクトゥンク
小雨の朝、Kの一棟目のハウスで中島は録音を始めた。鎌を手に作物の脇の草を刈ったところだ。一時間後には取材が来る。それだけの理由で、畑は少しだけ人に見せる顔をする。しかし人が数えようとしなければ気づかなかった数字がある——枝物を除いてなお九十種。中島自身、七十のつもりでいた畑だった。雨が弱まるにつれ、体は自然と動き出し、気分は一から二を経て三へと上がっていく。植物と同じように、人もまた環境に応じて姿勢を変えるのだと、この朝は静かに教えている。草に負けたAの畑、そこから生き残った株だけを掘り上げて作った新しい場所へ。量は去年に及ばないが、来年への期待はすでに芽吹いている。畑はきれいに管理されているというより、草より花のほうが元気に生きられる場所のように管理している。中島はそれを、ナチュラルガーデンと呼んだ。
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畑を歩きながら畑にある花を数えてみた
前夜、妻との会話の中で、ハナボウズが何種類の花を育てているのか数えてみようという話になり、中島が数えることになった。三年前に数えたときは五十種類だった。今回、取材を機にあらためて正確な数を数え直そうと、出荷準備を終えた後、録音機を手に畑へ向かう。一番下の水道のそばから数えは始まり、シュウメイギク、クレマチス、ブルーベリー、セダム、ネペッタ、ロシアンセージ、モナルダ、アキレア、ジャーマンアイリス、マウンテンミント、サンゴミズキ、アリウム数種、水仙……と続いていく。路地に出てからは、沓掛さんからもらったレイセステリア、移住当初からよくしてくれた山本さんの奥さんがくれたチョウジソウ、花楽の里のヤスエさんから譲り受けたバーベインやジョーパイウィードなど、人とのつながりを伴う株も次々と現れる。フジバカマの草取りが追いついていないことも、率直に語られる。K圃場をひと通り数え終えた後、頭の中で整理しながらM、G、Yへと移動し、それぞれの圃場の株を加えていく。数え終えた時点で、確認できた品目は聞き取り不明瞭なものも含めて合計104件。三年前の五十種類とは数え方の前提が異なるため、単純比較はできないが、この日思いつく限りの株はひと通り記録された。晴れて暑い日、体を動かして気分は良い。午後は植え付け、草刈りへと続いていく。
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草刈りの前に
刈るべき草を前に、なぜか動けない時間がある。花を美しいと感じるのはバグかもしれないけれど、そのバグごと畑に組み込んでいくのが花農家の仕事らしい。こぼれ種から百本のアマランサスが立ち上がり、ガソリン切れは友の二リットルに救われた。六合の花が国の目に留まった週、中島は石のベンチでしばらく迷っていた。
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手がまわらない
中島は、標高1030mの北向きの畑、Mへ足を運んだ。今年Yのビニールハウスが増えたぶん、Mまで手が回らなくなっていた。草はすでに手に負えない高さまで伸びている。暑さが増してきたこの日、目当てはモナルダの収穫だった。妻は作業場でセダムの調整に当たり、中島はひと息つきながらこの記録を録っている。Mではこれまで、モナルダとフィリペンジュラ、それにクガイソウが採算の取れる品目だった。しかしクガイソウには昨年から黒い斑点が見られ、今年はウイルス病とおぼしき症状が西側一帯に広がっていた。東側はまだ比較的元気な株が残っている。花を切り終えたあとに生きた株を掘り上げ、灌水できる場所へ植え付け直す計画を立てた。アルケミラとアストランティア・ローマの掘り上げは、昨日ようやく終わったところだ。今年はモナルダとウイキョウをKへ移した経緯もあり、Mという畑そのものを手放すことも頭をよぎった。トラクターで一度耕し直し、草を刈って更地に近い状態に戻す必要がある。南隣ではカベさんが花豆や野菜をきれいに手入れしている。除草の行き届いたその畑と、自分のMとの落差に中島は苦笑した。鳥の声だけが、変わらずよく響いていた。
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ラブパレード
七月に入り、鳥の声が心なしか減った気がする畑で、中島は今年の花たちと向き合っている。アストランティアは去年の管理不足で株が弱り、マウンテンミントも植え替えの影響で先行き不安。それでも背伸びせず、来年への立て直しに舵を切った。アキレア「ラブパレード」は、今はなきカラクの里のオーナーだった方から譲り受けた苗が始まり。名前がしっくりこず色名で出していた時期もあったが、中卸さんの一言で名前が戻ってきた——時代がひと回りしたのかもしれない。午後は妻と分業。掘り上げ担当の妻が語った「エビ型」と「エンチョウ型」の芽の違いという気づきから、中島はふと反省する。日々の作業に追われて、考えたり試したりする回数が減っている気がした。ハナボウズの強みはなんだろうかを考える。
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生産効率とハイドパーク
曇りから雨へ移る午後、中島は出荷前の調整作業を終え、軽トラの荷台に腰をかけながら今日を振り返る。育てて2年目のエリンジウムは枝ぶりこそ良いが、荷造りと送料を考えると単価だけでは仕事にならない――そんな現実と、ドライフラワー向けという新しい売り先への気づき。先週は安カ川ファームの博さんに車を出してもらい、青木村のフラワーファーム沓掛さんを再訪。重油栽培から季節の草花へ移行した十棟のハウスと、自ら世界観を築き発信する沓掛さんの姿に触れ、六合での産地見学会のあり方を考え直す。昨年の畑見学会で感じた、大学時代のハイドパークに似た「居ることが許される」空気についても語られる。中島の血を求めてブヨが飛び回る畑で、聞く図鑑をきっかけに始めた鳥の観察遊びにも話は及ぶ。ウグイスの声を聞き分け、いつかこの記録に出てくるK・A・G・Mの圃場符号についても説明を残しておきたいという気づきも。
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ほぼ環境音、セダム切り忘れた
花を切り忘れたことに気づいた中島が、軽トラに積み込み中作業を記録した一本。発話は短く、その代わりに約28分間、里山の生物音が豊かに記録された。時間帯: 13:39〜の昼下がりにもかかわらず鳥のさえずりが活発 → 6月の繁殖期ピーク季節遷移: 春の鳥(ウグイス、カッコウ類)と夏の虫(ニイニイゼミ)の共存が特徴的 → まさに「晩春から夏への移行期」生息環境の推定: ウグイス + ホトトギス + オオヨシキリ + アマガエル + ウシガエル の組み合わせから、林縁部、畑、湿気が近接する圃場K: 11種以上の鳥、2-3種のセミ、2種のカエルを確認 → 非常に豊かな生態系
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こいつにスパゲティを食わしてやりたい
ほぼウグイスの鳴き声とハサミのパチパチ音、たまに園主の声が入る回。六月二十三日、K圃場。アルケミラの株分け作業中、古い根を残すと苗が浮いて欠株するという仮説。曇りで風が少し肌寒い一日、妻と話したジョジョ五部のあのシーンの出典探し、産地見学会に向けた自己紹介の練習、桔梗の発芽率は七割くらいだった。給油(車に)とビール(園主に)を買って帰る一日。
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たぶん鵺
深夜23時43分、六合地区。深酒の夜、中島は住宅の周囲を徘徊していた。南の空では雷が光り、星は霞に隠れている。針葉樹の闇の中から、一定の間隔で「ピー、ピー」と鳴く声が届く。その正体を確かめようと、マイクを手に外へ出た。夜鷹か、鵺か。鳴き声は判然としないまま、記憶は数年前の蒸し暑い夜へと遡る。この山に移住してから出会ったという、妖怪か神か分からぬものの話——酔いの中で、その輪郭をたどる。スマホのライトを点ける。「こわ」とつぶやく。補足分析によれば、この声はヨタカまたはトラツグミの可能性が高い。トラツグミは古来「鵺」の声として知られ、宮沢賢治の『よだかの星』にも連なる。先月まで定住していたフクロウは、いつの間にか姿を消していた。今夜の鳥は、まだここにいる。「歯磨きして寝ます」と言いながら、中島は家へと戻った。
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遊びで続けていきたい
六月の午後、中島はAフィールド周辺の草刈りの合間に録音を始めた。七月になれば蜂が巣を守り始める——就農前に師匠から聞いたその話を、眉唾だと思いながらも肌感覚で信じている。藪を放置すれば、ある日突然、蜂が飛び出してくる。だから今のうちに刈っておく。日曜日に出品した中之条花マルシェは、客層がよかった。入園料を払って植物園に来る人たちだ。一本百円の売り台に自分で花を拾って束ねていった客のひとりが、上手に組んだ花を持ってきた。「花やってましたか?」と聞いたら「花やってます」と返ってきた。言葉ではなく、手の動きや作法から相手の背景が滲み出ていた。探偵みたいな、嬉しい瞬間だった。マルシェは労力を考えると正直割に合わない。それでも中島は「祭りだと思って」参加する。楽しいから。山ログのフォロワーが倍増したことへの、緊張ともちがう感覚もあった。「遊びで続けていく」とひとり確認して、録音を終えた中島は再び草刈り機のエンジンをかけた。
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中之条花マルシェの準備
中之条花マルシェの前日、作業場で明日販売予定の生花選別作業を録音してみました。独り言、鋏で花を切る音、ハチの乱入、足音2026年6月13日土曜日14:36〜
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圃場Kの環境音2026年6月13日
六月十三日、土曜日。K圃場で、中島はひとり花を切っていた。翌十四日の中之条花マルシェに向けた準備作業だった。マイクは軽トラの荷台の上に置かれ、その日の音を拾っていた。風の気配、鳥やセミの声、そして時折やってくる来客の声。録音はやがて、スマートフォンの発熱によって静かに途切れた。機械が音を上げたその瞬間まで、中島は花を切り続けていた。 マルシェの前日というのは、静かな緊張感がある。売り物になる一本を選び取る手つきには、値踏みとも愛着ともつかない感覚が混じる。Kの圃場は、そういう作業に向いている。広すぎず、狭すぎず、手が届く範囲に花がある。軽トラはその日の道具置き場であり、録音スタジオだった。 来客はいつも唐突にやってくる。会話がはじまれば、それも記録の一部になる。ログとは、計画された音だけでなく、その日にたまたま起きたことの総体なのかもしれない。マイクを置き去りにしても気にしない。いつの間にかマイクを指していたスマートフォンが熱を持ち録音は止まっていた。
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自己紹介より先に鳥の声
市場と中卸の担当者が圃場を訪れた。車を降りた中卸の方が、自己紹介より先に言った言葉が「うわ、鳥の声がすごい!」。そこから中島のAI鳥図鑑トークが炸裂。ウグイス、ガビチョウ、晴れると突然鳴き始めるハルゼミ……圃場の四方を林に囲まれたエッジ環境が生み出す音響環境を、来客とともに楽しんだ。午後はアルケミラの掘り上げ作業へ。「もっと作ってほしい」と言われたばかりの花を、鋤で掘り起こし300株以上をコンテナへ。Yハウスに700〜800株、Kエリアに800株以上。6月中の定植完了を目指す。週末は中之条ガーデンズのマルシェ。目玉にしたかったアストランティア・ローマの路地ものは今年は不調で断念。ブルーベリーや草ものを中心に、あるもので臨む。Kの圃場は、湧き水と鳥声と花畑が交わる、尾瀬みたいな場所。今日の来客も、それを感じ取っていた。
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サワガニつかまえた
六月の山は、汗と乾きの季節に入った。中島はKフィールドで防除と草刈りをこなした。思ったほど進まなかったが、ある程度は終えた。水筒一リットルでは午後の管理作業が持たず、妻が置いていった分まで飲み干した。喉がひりつく。地面は濡れているのに、自分は乾いていた。雨上がりの翌日、山道にサワガニが出る。それを知っていた中島は、軽トラ移動中にオス一匹、メス一匹を捕まえた。娘に頼まれていたのを思い出して。バケツに水を張り、荷台に積んだ。帰ったら虫かごへ入れて、飼い方を調べてみる。草は今のうちに取っておかないと、八月にとんでもないことになる。わかっていながら毎年負けてきた。今日は三メートル分、二十株ほど手を入れた。小さな仕事だが、積み重ねれば違う。収穫日と収穫日のあいだの管理日は、体力と判断力の消耗戦だ。喉カラカラで山を下りる。明日は直送・注文・市場分の切り出し、少しの草刈り。次回からは水筒を多めに用意する。今日の反省はそれだけ。帰ったら娘とサワガニを眺める時間がある。山は暑く、乾いていて、しかしカニがいた。
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自己洗農
六月八日の朝、中島は雨の降り始めたK圃場の石のベンチに腰を下ろしながら山ログを録った。昨日は落ち込んで早めに切り上げ、娘の寝かしつけごっこに付き合ううちに眠ってしまった。目が覚めると体の上にビーチボールとトランシーバーと折りたたまれた布団が積まれていた。その無言の置き土産が効いて、気分は三まで戻っていた。丁字草を切りながら、中島は農業を「仕事」と捉えることの重さを考え直した。ベランダ園芸の延長でいい、楽しいからやっている。そう決めると何かが緩んだ。娘が平仮名を書いたりおもちゃのお金で遊んだりする姿を見て、遊びの真剣さというものが腑に落ちた。吹っ切れた、と言いたいところを自己洗脳と言い直す。いや、自己洗農か。午後には、Instagramで知り合った移住者の花農家が作業場に来る予定だった。嬉しいとは思う。ただ、予定が一つ入るだけで体がどこかピリつく。お金の交換を伴う注文は素直に喜べるのに、人と会う約束はなぜか重さが違う。そのことも正直に録音に吹き込んだ。明日は草刈りと防除。ハウスへの植え付けが一段落し、路地フェーズへ移る前の足固めだ。石のベンチはすでに濡れていて、腰を下ろした中島はケツを濡らした。それでもログは続く。雨の六合地区から、お届けしました。
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なんで農家やってんのかな
暮坂峠の作業場、梅雨の端に位置する六月の午後、中島は軽トラの荷台に腰かけ、風に吹かれながらマイクに向かっていた。晴れてはいるが冷たい空気が肌を刺し、パーカー一枚では少し寒い。収穫はいつもより少なく、注文分と市場分を調整し、バケツを洗い、伝票を書き終えてようやく一息ついた午後四時——その静けさの中で、ずっと昨夜から胸の奥でくすぶっていた問いが浮かんできた。「なんで農家やってんのか」。都内のベランダで鉢を並べていたころの話を、中島はゆっくりと手繰り寄せる。植木市で苗を買い、枯らしてはまた育て、花が咲けばひとり喜んでいたあの日々。植物はただ面白く、楽しかった。ところが今は、その命を刈り取ってお金に換えることを生業にしている。新品種を試すことは今も楽しい。けれど出荷し、換金し、利益率を計算するあたりで何かが重くなる。農業の過酷さを、彼は言葉を探しながら、しかし誰かに告げるでもなく、虫の鳴き声のようにログに放り込んでいく。それでも、と中島は続ける。マルシェでお客さんに「綺麗」と言ってもらえる瞬間のこと。個人の花屋数軒と箱を送り合い、意見を交わしながら、山で拾った枝を一本混ぜてみる楽しさのこと。このモヤモヤは妻には話せない——正論で返ってくるのが目に見えているから。同じように土地も資産もなしに花農家を始めた先輩に、ぶつけてみようと思っている。就農初年度、売上九十四万円で「辞めよう」と思っていたことも、今日また思い出した。来週末のマルシェに向けて、セダム・オータムジョイのステッカーを作った。緑とピンクの間、一割二割だけ花開いたあの色が好きで、それをスマホにも貼っている。売れたら嬉しいし、売れなければ布教物にすればいい——どちらに転んでも構わないと、中島は少し笑う。仕事は終わった。今日は娘と畳の部屋でゴロゴロしながら本でも読もう。メンテナンスも大事だ、と彼はひとりごちて、録音を止めた。
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妻のタンブラーとカフェインの午後
水曜の午後四時半、台風が上陸した日。午前の大雨が嘘のように晴れた空の下、中島は切り日の休憩を軽トラの荷台で過ごしている。気分は二。やるべきことを数えると気が滅入るので、かわりに今日あってよかったことを思い返す。昼に家へ戻り、食器棚に眠っていた妻のタンブラーへあたたかいコーヒーを注いで持ってきた。アトリエの山の中、それを飲みながら岡恒の赤白の鋏で出荷前の調整をする。カフェインのおかげで、もう少し頑張れる気がする。荷台から見上げれば、昭和の初めに当時の地主が植えたメタセコイアの大木。葉はみな空の一方向へ伸びている。かつては荷台に立って高枝鋏で切り、切り枝として売っていた。水揚げも日持ちもよいのだが、届く範囲はもう乏しい。空き家にある伸ばせる梯子を使えば、また枝を落とせるかもしれない。問題は値づけだ。命がけで採るのだから、その分を価格に乗せ、売れたら切る——そういう順序にしようと考える。来週末は中之条ガーデンズのイベント。告知文も支度もこれからだ。昨日は妻とアルケミラをYハウスへ掘り上げ、雨に備えて簡素な雨除けをかけた。以前しっかり作ったときは強風で支柱ごと飛んでいった。近くには人の住む家も車もある。だから今度は、飛ばされたら飛ばされたでいい、運がよければ雨を防げる程度に。ノーガード戦法である。今のところ、まだ持ちこたえている。このあとはセダムの切り取りと直送便の調整・選別。花が萎れる前に、涼しい作業場へ運んでやらねばならない。ではまた。
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花火と古傷と生物音響学
石のベンチに腰を下ろす。晴れた空の下、ハウスの中は蒸し暑く、セダムやジャーマンカモミール、センダイハギ、イガグリスゲを刈り取り、本数の足りない品目を組み合わせて一箱に収める算段を立てる。農の現場では、足し算と引き算が静かに繰り返されている。土曜日は岩崎さんの農場でバーベキュー。戸高くんと炭火を囲んだが、オーストラリアンキャットルドッグが吠えながら駆け寄るたびに左肩の古傷が疼いた——かつてチャウチャウに噛まれ、ERへ運ばれたあの夜の記憶が。距離を保ちながら肉を食い、酒を飲んだ。誰も怪我がなかったことが、何よりのごちそうだった。日曜夜は戸高くん家で座談会。その後、ポッドキャスト収録という名目のおじさん会——「しょうがない」を言い訳に作業部屋へ籠もれる、それがまた良い。そして最近新しい遊びを見つけた。ステレオマイクで収めた音声を生物音響学的に解析してみると、シュレーゲルアオガエルやガビチョウの声が、静かに音の中に隠れていた。姿は見えなくても、声は届いている。畑の奥の森に、まだ知らない世界がある。マイクはそれを、ただ静かに記録していた。
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コロコロ変わる方針
五月二十六日、九時二十四分。空の九割を雲が覆い、雨上がりの温みだけが残る朝。出荷の箱詰めを終えて、切り終えたばかりのアルケミラのハウスへ。乾いた土にかん水をして、石のベンチに腰を下ろす。気分は、五段階のうち三。露地でいちばん美しいのは、いまはチョウジソウ。球根の花たちが去ったあと、咲き進みの遅い青を拾うように昨日百本を切った。少し遅いかと思いながら、今日それを出荷してみる。寺田さんから譲り受けたオニスゲは、畑の山側に置いておいたら思いがけず花を付けてくれた。Yのハウスでは、二週間前に播いたキキョウの種がちらほらと顔を出しはじめている。けれど朝の声が何度も立ち戻るのは、やはり草のことだ。四月にはあれほど整っていた畑が、雨と温みに乗じて一変する。草と戦うのではなく、作物がぎりぎり切れるところまで草を抑える——勝つことではなく、均衡を保つこと。方針は今日もまた揺れる。アストランティアは一気に咲いて手が回らないから、Yの四分の一をアルケミラに変えようか。コロコロ変わる、と笑いながら、そのつど手と市場を見て決めていく。五年目の畑の、これが正直なところなのだろう。・カッコウ……出だしから語りの合間にかけて、二音節のさえずりが遠くからクリアに。五月に飛来する夏鳥で、この標高・この季節にちょうど活発になる。・ウグイス……中盤から後半、少し離れた山林からホーホケキョと、谷渡りの鋭い声。繁殖の最盛期にあたる。・シジュウカラなどのカラ類……ツツピー、チッチッという高い声が、ハウスのすぐ近くから間欠的に。営巣・育雛期で、親鳥が餌を探して農地まで来ている。
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敵ではないという表明
雨から曇りへと移ろった暮れ方、橋を渡って花の部会へと向かう。こうした会の前には決まって憂鬱が訪れる。裁判にかけられるわけでも、検察に詰められるわけでもないのに——それでも歩を進めるのは、この部会に身を置くこと自体が、自分は敵ではない、ここにいる、という地域への小さな表明だからだ。橋の上から屋根が見える。平成末に建てられた自宅と、それより古い昭和築の隣家。錆びはじめた自分のトタンを眺めながら、家の年輪を読む数分間。午後までの一日は土と向き合っていた。母の日に活躍したアストランティア・ローマの株分けと植え付け、Y圃場の八分の一ほどまでの定植、ハウスへのアマランサスの播種。そして作業の途中、枝変わりかこぼれ種か、大ぶりの白花に緑の縁を持つアストランティアが数株。「グリーンヘイロー」という仮の名を与えて掘り上げる。緑の縁と、太陽のコロナのように滲む光輪。三株出たならば固定種かもしれない——名づけは観察の始まりであって、結論ではない。昼に手繰ったののやの蕎麦は、舞茸天のひとつがこしあぶらに替わっていた。一皿のなかで、山の季節が静かに差し替わっていく。カジカガエル(河鹿蛙)の美しいコーラス 背景で「コロコロコロ…」と優しく響く細かな振動音。正体は、清流を好むカジカガエルたちの歌声です。5月に繁殖の最盛期を迎える彼らは、川の流れる音にかき消されないよう、通りの良い高周波の美声で鳴き交わします。夕暮れの鳥たちの気配 川の音を突き抜けるように時折聞こえる「ピピッ」「チッチッ」という短い声。橋脚や河川敷を縄張りにするセキレイ類やツバメたちが、巣に戻る前に交わす一瞬のコミュニケーションかもしれません。川の轟音という自然のノイズの中で、かき消されまいと独自の周波数で声を届かせようとする生き物たちの「音の住み分け(ニッチ)」。初夏の心地よい夜風と、移り変わる山の季節を、耳から感じてみてください。
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出荷を待つ花たちの前で
母の日が過ぎた集荷場には、息継ぎのような静けさが流れている。クリスマスローズ、チョウジソウ、アストランティア、アルケミラ……並ぶ箱の名から、誰かの一週間の手の動きが浮かぶ。だがセダムを出している人は、まだいない。同じ場所に同じ季節が来ても、人それぞれに別の時間が流れているのだと、中島は思う。住宅に戻れば、玄関先に娘の鉢。一年前に「これがいい」と娘が選んだエキナセア「ブルーベリーチーズケーキ」だ。しおれかけると、つい水をやってしまう。世話をやめれば命が消えるという経験を、小さな鉢のなかでさせてあげるべきだったのかもしれない——と一瞬よぎる。けれど中島は決める。幼いころ虫かごのなかで殺してしまった虫たちの業を、いまこの鉢に水をやることで少しずつ返しているのだ、そう思っておこう。償いはいつも、思いがけないところで姿を変えて現れる。来週末のバーベキュー、二日酔いの体、集荷場で交わした言葉、そしてなぜか立ち上がってくる古い犬の記憶。五月の晴れた日、Yハウスへ向かう前の、午前中の独白。
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今年も帽子を忘れた
K圃場の石のベンチに腰を下ろしながら、中島は今年最初の草刈りを終えた余韻の中で録音を始める。例年なら6月を待って刃を入れる斜面が、今年は暖かさに背中を押されて早々と草を伸ばしていた。刈払機(ビーバー)を手に、作物周り・歩道・軽トラ通路をなんとか確保したものの、前掛けを忘れてきた。作業服に積もった草の粉は、準備とはいつも後から気づくものだということを、静かに証明している。露地ではチョウジソウが咲き、カマシアを市場に送り出した。チョウジソウは去年切りすぎたせいか丈が伸びず、今年は花ではなく葉の紅葉を狙うことにした。目標を変えることは敗北ではなく、植物との交渉の結果だ。Kハウス1棟目に植え付けたエキナセアは風と陽気に乾かされ、灌水しながら草刈りを続ける。凍み上がりから息を吹き返したジャーマンカモミールには、近いうちアブラムシ対策を施す予定だ。Yハウスには防草システムを四分の一ほど敷き、アンモビウムを直蒔きし、残りにはアマランサスを入れる構想が続く。保育参観で中島は一人で出かけた金曜日、中之条町のメディアコントロールチャレンジに関わる脳科学の先生の講演を聴き、その後は園庭での子どもたちの時間を見守った。娘が同じクラスの子とモグラ叩きゲームの順番を争う場面があった。相手が「じゃんけんで決めよう」と言うと、娘は「にらめっこで決めたい」と言い返した。相手の土俵に乗ることを、こんなに幼くして拒む。帰宅してから妻と笑った。遺伝子のせいかもしれない、と中島は少し誇らしそうに、少し申し訳なさそうに言う。そして坊主頭に日差しが刺さった。去年も同じ目に遭って、先生から手ぬぐいを借りた記憶がある。それでも帽子を忘れてきた。刈払機の前掛けも忘れてきた。人は成長しないものだ、と中島は笑う。成長しないことを、こうして記録に残す。
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53
防草シートと筋肉痛
晴れた五月の朝、中島はYハウスの中に立ち、防草シートに水が染みていくのをじっと見ていた。思いつきから生まれた「防草シートマルチシステム」——シートに穴を開け、灌水チューブごと巻き込み、土を作ったらまた戻す。残渣を捨て、片付け、そして再び始める。この単純な循環が、管理の手間を減らすかもしれない。風で飛ばされないか少し心配だが、まずやってみる。農作業においては、妄想を現実に変えるのは、いつも「やってみよう」の一言だ。一昨日は手押しの耕運機でYハウスの100坪全体を耕した。今、両腕の上腕二頭筋が悲鳴を上げている。昨日は1000本の花を切り、箱詰めまで終えた。体は疲れているが、仕事は着実に進んでいる。Yハウスの設計図が頭の中で少しずつ固まってきた。4分の1にアンモビウム、半分にアマランサス、北側にはアストランティア・ローマ。アルケミラは育苗組合の他の農家とバッティングするため外した。競合を避けながら、自分の色を出していく——それもまた農家の知恵だ。午後は出荷を済ませ、車のサイドミラーのリコール対応で車屋へ向かう。待ち時間には、スマホを置いて本を読むつもりだ。知らない場所で、コーヒーを片手に。何もしない時間を、無理して作る。それが今日の贅沢だ。
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52
地域清掃の後昼間から酒を飲む
母の日が終わった。花の値段がガクッと落ちる、その瞬間がある。六合地区は晴れ、風はちょうどよく、中島はK圃場ハウスの灌水をしながら音声を録った。昨日は町営住宅12世帯のうち4軒で道路清掃をした。一輪車、スコップ、竹箒。参加者は少なかったが、生活道路はきれいになった。昼から同期就農者とお酒を飲んだ。繁忙期が終わったから、いいだろうと。自分で建てたハウス1棟目には歪みがある。だからアルケミラは中心から先に育ち、端はまだ蕾が硬い。母の日で半分切り、土曜と今日でまた少し切った。残りは4分の1ほど。今週末までかけて、ゆっくり出していく。アストランティア・ローマはハウス分が今日で終わり。注文に応えられない分が出てしまったので、サポートへ謝罪の連絡を入れることになった。今日の収穫はアルケミラ、アストランティア、セダム、セダム・リジー——合わせて1,000本弱。母の日期間中、九州と関西への便でヒートショックが出た。クール便のはずが、温度変化でアストランティアとアルケミラが傷んでしまった。花屋さんに届いてしまったことへの申し訳なさは、言葉にならない。ただ、明日からは作業場から直接ピックアップし、長野あたりで積み替えてコールドチェーンに乗せる便が通ることになった。問題は、動いている。伐採予定の栗の木、新芽が展開してきた。ワインのハウスでは株分けと移植をしたい。草刈りも防除もある。モチベーションは少し下がっている——一安心した、ということかもしれない。
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51
花と風邪と、カエルの声
五月の石のベンチに座って、千本近い花を前に録音している。アストランティアが一バケツ、アルケミラが四バケツ、セダムを少し。母の日前の最後の収穫が終わった。今年はハウスを二月十四日から閉め始めた。例年より一ヶ月遅らせた判断は、今年の暖かな春に救われた。無加温のままで、母の日に間に合った。GW中は、娘からもらった風邪をズビズビしながら、解熱剤を飲んで箱詰め作業を続けていた。妻と娘は昨日、五日ぶりに帰ってきた。じいじ・ばあばと過ごした娘の言葉の出力が、少し変わっていた。今期から佐川クール便で関西・九州への出荷を始めたが、草花の蒸れが発生している。コールドチェーンの断絶と湿気の結露が原因ではないか、と仮説を持っている。答えはまだない。圃場の端で、カエルの声が録れた。「ケケケケケ」というやつ。種はわからない。でも録れた。
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50
母の日に花を贈ったことはあるか?
花を育てて五年、初めて「母の日」という祭りに正面から飲み込まれた。アルケミラとアストランティアとセダムを切り、夜まで箱に詰めながら、中島はふと思う。花が美しいとされているから花農家が成り立つのか、花農家がいるから花が美しくなるのか——答えは出ないまま、伝票を貼り、明朝の便に乗せる。昨日銀行の金融担当者から電話があり、住宅ローンの審査が落ちた。節税が信用を食う。農家の帳簿はそういう構造をしている。土壌診断を開けば、石灰は基準の四倍近く積み重なっていた。長年の習慣が土の底に堆積している——それは帳簿の話とどこか似ている。「ゲロを吐きながらでも働く」という言葉が出てくる。父から受け継いだ体の話であり、信用の話であり、農業の話でもある。焼酎を飲みながら、鼻を詰まらせながら、一人のリビングで録音する深夜。花は今夜、箱の中で眠っている。
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49
澱んだ水槽
先週行ったJAの支店の水槽が、ずっと引っかかっている。去年はグラミーもエビもいた水槽が、今は藻とシダと黒いプラティ一匹だけ。中島はそこに、地域農協というインフラが静かに変質していくメタファーを見た。ローン申請で訪ねた金融担当者もやつれていた。共同出荷は物流コストを下げてくれるが、価格決定権は渡したまま。自分たちで価値を出せる場所——直売、マルシェ、古物商のBASEショップ——を、もっと面白がりながら続けていかないといけない。澱んだ水槽にも、見えないエビはいたかもしれない。気分スコア2の朝、石のベンチに腰かけながらそんなことを考えた。
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48
散った桜と、個体差の話
石のベンチは冷たかった。四月末の山は、まだそういう朝を持っている。出荷を終え、ハウスを開け、植えたばかりのラムズイヤーとエキナセアに水を引く。曇天の日の換気は加減が難しい。焼けさせず、しかし蒸らさない程度に。気分スコアは1。娘の鼻詰まりで夜眠れなかった。けれど前の日の午後、その娘はプチ発表会のステージに立っていた。三歳から中学生まで、みんなが同じ振り付けで踊るのを特等席で見ながら、中島は農業に近い何かを感じていた。体格が違えば、重心が違う。筋肉の記憶のされ方が違う。その人にしか出ない動きが生まれる——品種の個体差と、ほとんど同じことだと思った。帰宅後は家族三人でレジェンドダンサーの動画を見て、夜はみんなで踊った。プリエの練習もした。午前中はこれから、集落の電牧の補修作業に加わる。午後は体力次第で、株分けと種まきができれば。Kの畑の桜は散り終え、セダムの株間に花びらが積もっている。春が、一段落しようとしている。
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47
薄着で寒い山を舐めてはいけない
四月の晴天は、しかし欺く。Kの石のベンチに腰を下ろした中島の背には、吾妻の風が容赦なく吹き付けていた。薄着のまま働き通した一日の末、体は冷えを芯まで受け取っていた。今日は妻とふたりで路地に出た。ヘレニウムとフロックス——その根元に絡みつく草を、ひとつひとつ手でほぐすように取り除く作業。フロックスはかつて植えた場所に、誰に頼まれたわけでもなく根を張り直し、気がつけば株を増やしていた。土の記憶というものは、植えた人間よりも長く続く。掘り上げた株は、火曜か日曜に改めて植え付けてやるつもりだ。午前中にはセダム(オータムジョイ)の防除も行った。昨年導入したタッチダウンチークの周囲にも草が伸び始めている。他の株と同じく、防草シートで挟んでやれば足元が落ち着くだろう。路地を歩けば、アルケミラとアストランティアが盛んに花をつけていた。明日は収穫日になる。正直なところ少し憂鬱だと中島は言う——それでも、売れたときの喜びを思えば、腰はおのずと上がるのかもしれない。明日の午前には、娘の習い事の発表会がある。ハウスを開けたらそちらへ向かい、午後から注文分・市場分の収穫にかかる。夜遅くまでかかりそうだ。発表会の先生には、今日畑で摘んだ花を持っていく。前処理に浸けておいたアルケミラとアストランティアを、帰宅した妻に託した。四月の晴天は、しかし欺く——それでも、花は待たない。
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46
初切り
桜が散り始めた4月の朝、Kフィールドの石のベンチに腰を下ろした中島は、今季はじめての出荷を終えた手のひらを眺めていた。アストランティア40本、アルケミラ100本。数字は乾いているが、その重さは確かに、今年という一年の口を開けていた。このエピソードでは、初収穫の報告とともに、花屋を目指す若者との出会い、グリーンパルの総会で気づいた「農業5年目」という実感、そして新規就農者たちの現実について話す。土地も機械も流通も手探りのまま始まる苦労と、辞めていく農家の資源を次の世代へ引き継ぐ仕組みへの想い。師匠の福島さんが縮小を口にしていることも、その背景にある。雨を避けてハウスに入り、ラムズイヤーのバラし植えに取りかかりながら、中島はセダムのことを考える。「在圃性が高い」——自分の気持ちが整った時に収穫できる作物。花が「今だ」と迫ってくるのではなく、こちらのペースで向き合える鈍さの中に、ここでの農業のリズムがある。研修生の頃にはわからなかったその感覚が、5年かけてようやく体に馴染んできた。
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45
まだ分からない
四月の晴れた日。Kのハウスの石のベンチに座ると、風が思ったより冷たかった。桜はもう散り始めている。この日の中島は、灌水の確認をしながら、明日から始まるアルケミラとアストランティアの収穫に向けて気持ちを整えていた。花楽の里の寺田さんから「いかつくてデカくなる」と言われたジョーパイウィードの株をもらい、栗の木の下に植え付けた。畑には数日前から広げたかった堆肥があった。昨晩から雨が降ってくれた。雨の直後は土がゴロゴロになる。乾きすぎてもパサパサになる。耕すベストなタイミングを、まだ体で知らない。明日にしよう、と決めた。チョウジソウが顔を出し、アスチルベは遅霜にやられ、水場にはスマートな体つきの茶色いカエルがいた。午後には、Instagramで連絡をくれた花屋志望の人が農場に来る予定だった。
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44
5歳の誕生日と石のベンチ
K圃場の石のベンチから録音している。山桜が満開で、四月の陽光は急に真夏の顔をしていた。今日は娘の五歳の誕生日で、夕方には義理の両親が訪れる。妻が家の中で掃除と料理の準備に追われているのを知りながら、中島は畑仕事を口実に外へ出てきた。農家の時間は、人の都合より先に動いている。先週読んだカラスの本から、一つの仮説が浮かんでいる。ハシブトガラスは山にも都会にも棲む。山には人が少なく、木と野生動物だけがある。都会には人が多すぎて、誰も自分を気にとめない。どちらも「ひとりでいられる場所」という意味において、山と都会は似ているのかもしれない。エキナセア(グアバアイス)をハウス一棟目に植え付け、灌水を入れた。そしてアルケミラが、今週あたりからいよいよ切り花として出荷できそうだ。冬の間ずっと待ち続けた、最初の一束。そわそわとした期待が、午後の暑気の中に混じっている。
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43
反省と感謝の1週間
畑でスタックしていた牧場主のホイールローダーを、ようやく救出できた。土木屋さんのおかげで作業は15分で片がついた——けれど、急いで返しに行ったせいで、腹についた黒土を落とすのを忘れていた。指摘されてはじめて気づいた。「早く返す」という気持ちだけが先走って、丁寧さが追いつかなかった。動噴で泥を落とし、洗い直して届けた。リース料の一部を申し出たら、穏やかに断られた。Kの石のベンチで今日を振り返りながら、ふと気づいたことがある。アストランティアが今年やたら早い。来週には切れそうだ。セダムハウスの電照の光が、隣のハウスにも届いていたんじゃないか——そんな仮説が浮かんだ。植物は、見ていると勝手に問いを投げてくる。水場に近づいたら、ヤゴがいた。まだいる。春の命数は、人の焦りとは無関係に進んでいく。
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42
山桜の下に作物が植わっている
四月の曇り空の下、中島はハウスでアルケミラとアストランティアに水をやりながら、今年と昨年の植物の伸びの逆転に気づく。Kの露地畑では山桜が二分咲き、その後ろにはスタックしたままのWA100。春の景色と積み残した仕事が、静かに並んでいる。そして今朝、録りためた山ログをまっさAIに読み込ませたら、思いのほかいい返答が返ってきた。その対話の一部を下に貼り付ける。気分スコア2。疲れた日も、ログは続く。【以下、私とまっさAIとの会話】私「今日は雨降りそうだよ」まっさAI「そうか、雨か。朝からハウスの外が白っぽくて、霧なのか雲なのか判断つかない感じがあった。雨の日はハウスの中の作業が捗るようで、でも頭のどこかはずっと外の音を聞いてる気がする。土が水を吸う音って、実際には聞こえないはずなのに、なんとなくわかる気がするのが不思議だ。雨の日、あなたは何をしてる?」私「ビニールハウスの中の草取りしようかな」まっさAI「いいな、雨の日の草取りは外の音がハウスの屋根でまろくなって、なんか集中できるんだよな。セダムの株元とかに細い草がちょこちょこ入り込んでくると、あいつらも生きようとしてるなあって思いながら抜く。雑草も一次資料の一部というか、この圃場で何が生えてきたかって記録にもなりうるんだけど、まあ邪魔なもんは邪魔だ。草取りしながら、何か考えごとしたりする?」私「草取り中はポッドキャスト聴くことが多いよ。考えていることもあるけど何考えていたか、今はパッと出てこないや」まっさAI「わかる、あの感じ。手が動いてる間に頭が半分どこかに行ってて、でも後から『あれ、何考えてたっけ』ってなる。ポッドキャストと自分の思考が混ざり合って、どこまでが聴いた話でどこからが自分の考えかも曖昧になってたりする。草取りしながら浮かんだことって、記録しないと霧みたいに消えていくんだよな。俺が音声で山ログ残そうとしてるのも、たぶんそういう消えていくものへの抵抗なんだと思う。消えてった思考の中に、残しておきたかったやつがあったりする?」私「山や畑、ポッドキャストから取り込んだ情報が圧縮されてほんの一部分だけ澱のように記憶に積み重なっていく感じかな」まっさAI「そうそう、その澱って言葉がしっくりくる。全部は残らないけど、残ったものだけが本当に自分の中に落ちてきたやつなんだろうな。ポッドキャストの話も、霧の中で見た景色も、草取りしながらぼんやり考えたことも、99%は流れていって、沈んだ1%が次の何かの土台になっていく感じ。それって植物の種みたいなもんで、全部が発芽しなくていい、むしろしないほうが自然なのかもしれない。200年後の人が俺の山ログ読んでも、澱の部分しか伝わらないんだろうなとも思う。その澱って、どんなタイミングで『あ、これ残ったな』って気づく?」
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マキタの充電式チェーンソー
チェーンソーのボタンを押す朝がある。エンジン式のような儀式は要らない。ただ音が立ち上がり、気持ちが少しだけ前へ動く。今回のログは、G圃場でのディアボロ(フィソカルパス)の剪定作業。昨年の丸坊主から、今年は切り株状に整える。先輩の言葉が手に宿っている。足元では、先週挿した赤弦240株の芽がすでに動き始めていた——一度雪に生けてから挿した方が活着がいい、という仮説をそっと抱えながら。昨日はPTA総会。中之条町の「メディアコントロールチャレンジ」について話し合われた。禁止ではなく、付き合い方の話。我が家では将棋とボードゲームが動いている。37歳、子供相手に本気になってしまう自分が少し可笑しい。林が近い。鳥の声が四方から来る。録っていなければ、気づかなかったかもしれない。
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山の残雪は馬の形に見える
Kの石のベンチに腰を下ろす。右手には牧場長から借りてきたWA100がスタックしていて、今週金曜に引き上げ作業の重機が揃う見通しが立った——という安堵と、また別の重さが同時に肩に乗ってくる月曜日の朝。昨日はホンダさんからいただいたアカツルをG(ゴリラの岩の畑)に全部挿し終えた。3年後以降に冬季作物として回収できれば、という話。今日は露地のセダム防除を開始して、ヒメヒマワリとヘレニウム(リトルヘンリー)の移植という新しい課題も積み上がった。でも優先順位は決めた。セダムとアルケミラを先に。久しぶりに浅間山をちゃんと見たら、残雪が馬の形になっていた。山桜も綻び始めていて、季節が急いでいる。午後はPTAの総会で、前年度会長として引き継ぎの挨拶をする。その前に坊主頭を刈って、シャワーを浴びる。おじさんなりの矜持がある。
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石のベンチ
晴れた朝、K畑のハウス東側、石のベンチに腰を下ろした中島の視界の右手には、牧場から借りた小松のWA100が、ぬかるみに沈んだまま動かずにいる。一昨日の雨の中で起きたそのスタックは、まだ解決されていない。見るたびに、少し重たいものが胸に落ちてくる。ただ、怪我はなかった。ヤマギワさんも、中島も、無事だった。その事実をひとつの着地点として、中島は今日の畑へと向かう。昨日は、そのホイールローダーを横目に見ながら手を動かした。ヒメヒマワリをK路地に1条。ルドベキア・リトルヘンリーを約50株、丁寧に株分けして植え付けた。アムソニア・フブリヒティを40株ほど、アガスターシェも半分に割って増やし、畑の奥へと並べた。株が落ち着くまで、怪しそうなものだけジョロで手灌水した。今朝も同じように見てまわった。今日はYのスギナ対策の除草を終え、セダムの灌水をしながら、まだ植え付けられていない実験株の行き場を考えている。それから、道路に残った土も片付けなければ。近所の小林さんに指摘されて、気づいた。トラブルの混乱の中で、手が届いていなかった。先のことを考えると、少し憂鬱にもなる。でも体は動いている。風は気持ちいい。気分は3。それで十分、畑へ戻る。
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ホイールローダーが畑でスタックしたよ
午後、雨が戻ってきた。牧場から借りたホイールローダーコマツのWA100、何トンあるんだろう、でかい機械だ——で堆肥を畑に入れるところまでは、うまくいっていた。バケットで直接圃場に突っ込んで、量は落とせた。問題はその帰り道だった。水場と畑と水源が作る三角形の中で展開しようとしたとき、ホイールローダーが畑の道でスタックした。気分スコアは「1」。テンションは、なぜか高い。トラブルに見舞われると人間はそわそわする、と中島は自分を観察した。焦っているのに頭は妙に冴えていて、できることとできないことの仕分けが素早くなる。まず近所のヤマギワさんに電話した。除雪作業を担ってくれている、いつかブルーベリー農園をやりたいと移住してきた人だ。見てもらい、牧場まで一緒に戻り、牧場主と話した。7トンのユンボがある、という。ヤマギワさんがそのユンボを運転してスタック現場まで来てくれることになった。待ち時間に、中島は音声を録っている。スタックしたホイールローダーの前で、雨の中。人間にできることはもうあまりない。だからこそ、このそわそわした状態の自分を記録しておこうと思った。スタックした人が聞いたら怒るかもしれない、とも思いながら。ヤマギワさんが来るまでの間、ホイールローダーの移動中に路上にこぼれた堆肥を、ほうきと手で片付けに行くことにした。今の自分にできること、それは道を掃除することだった。寒い。雨だ。
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やる気の出し方
朝は雨だった。だから今日はゆっくりできると思っていた。ところが空はそんな段取りを無視して、急に晴れ始めた。中島は慌てて畑へ向かい、ハウスを開け、アルケミラへ水をやった。最悪を避けるために、とにかく体を動かす。それだけのことだったが、動いているうちに不思議と気分が上向いてくるのがわかった。やる気というのは、待っていれば湧いてくるものではないのかもしれない。昨日のK圃場での掘り上げ作業で残った筋肉痛が、むしろ心地よかった。今日の出発点は気分スコア「5」。アムソニア・フブリヒティ(イトバチョウジソウ)という宿根草がある。セリでも市場でも評価が高く、おぎはら植物園を訪れたとき、この苗だけが売り切れていた。面白い品目はすぐ真似される。圧倒的な量と質で先行するか、それとも「その時期、その市場に自分だけが存在する」ピンポイントの品目を持つか——考え始めたところで、自分で笑った。経営語り、だるいな、と。バプテシアの移植には手こずった。2年据え置いた株は根がマダコのように地中へ広がっていた。掘り上げて割り、Kの2棟目セダムハウス前に一列。その隣では、前の地主が植えたと思われる品種不明の芍薬が、ピョコピョコと顔を出していた。誰かが丁寧に育てた植物が、土の中でずっと待っていたかのように。午後は牧場からもらった堆肥をYのハウスへ運ぶ。その段になって気分が「4」に下がった気がする——と苦笑した。けれど、体を動かせばやる気は戻ってくる。今日それはもう、経験として知っている。
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36
ステレオ録音にしてみた
四月九日の朝、霜柱が残っていた。夜が晴れれば地は冷える。春はまだ、仕事の途中だ。前日の夕方、アルケミラとセダムへの防除を終えた。アルケミラにはもう花茎が上がってきている。花をかじられる前に手を打つ。段取りは、いつも前日から始まっている。今日は妻と二人で、試験栽培してきた苗を土の中から掘り起こす日。ヒオウギ、バプテシア、アガスターシェ。調子がよかったものを選んで、次につなぐ。午後はG圃場で挿し木の予定。Kの圃場で昔、堆肥を入れすぎた話をした。就農二、三年目のこと。ホイールローダーで何杯分も。その冬の土壌診断でEC値が跳ね上がって、驚かれた。数値は正直だが、正直すぎることもある。今は土がふかふかだから、それでいい。圃場を歩いていたら、イノシシの糞が落ちていた。昨日採ったヤゴは、画像検索でオニヤンマ系とわかった。この山では、人間だけが主役ではない。今回から録音をステレオに切り替えた。ノイズキャンセルが鳥の声まで消していた、という気づきから。二百年後に誰かがこの音声を聞くとき、その朝に何が鳴いていたかも、記録のうちだと思っている。気分は4。コーヒーをゆっくり飲める朝だった。
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透明マント
四月の風は冷たく、ダウンベストをパーカーの下に重ねて畑へ向かう。アストランティアに水をやり、枯れ草を刈り払い、体を動かすうちに気分が2から3へ上がっていく。農作業には、薬より早く効くものがある。Kのハウスに入るたびに、気づけば草を1本抜いている。特に決めたわけじゃない。ただ来るたびに1本。いつの間にかそれが習慣になっていて、いつの間にかハウスは綺麗になっていた。意志よりも、動線の方が人を動かす。水場でヤゴを見つけた。大きい。オニヤンマかギンヤンマか、まだわからない。去年の夏、帽子にオニヤンマの模型をつけてアブ対策をしていた話をする。効果はあったかもしれない。でも正直なところ、もっとも効果を感じたのはフマキラーのベープだった。吸血昆虫の「索敵」を妨げる成分が入っているらしい。見えているのに見えない。透明マントだ、と思った。トラクターを持っていない。近所の同期や地主さんの形見のボロボロの3台を、タイミングよく借りながらこの5年をやってきた。使いたい時期がかぶる不便はある。でも2300万の投資をしていない、という事実もある。「持たないこと」も、れっきとした選択だ。昨日は妻と二人で、イノシシに掘り返された軽の日扇を掘り上げた。早稲より奥手の方が球根の形が綺麗だった。その差を手で確かめながら、1芽ずつ植え直す。農業の判断は、いつもこういう細部の感触からできている。声を録り終えたら、図書館の鳥図鑑の返却期限が今日だと思い出した。録っていなかったら、きっと忘れていた。偶然のありがたさ、と中島は笑う。ヤゴの写真を画像検索した、オニヤンマ科かもしれない。
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ABOUT THIS SHOW
群馬県中之条町、標高1000mの山の中ハーブや宿根草を育てる「ハナボウズ」園主(中島)が、日々の農作業の合間に、山の音と言葉を記録しています。ステレオ録音で、山の中にある畑の環境ごと、カエルの声、鳥の声、風の向き、遠くのチェーンソー音、この山に生きているものたちの気配いつか誰かがこれを聞くとき、朝の空気が伝わったら面白いなと思っています。ハナボウズ圃場コード:たびたび登場する、畑の定義です。K = 湿地・開放農地・森林が接するエッジ環境A = アトリエ(現在の作業場の隣)G = ゴリラ形の岩がある枝もの畑(Aから100mくらい)M = 開拓時に水鉄砲がぶら下がっていた畑、標高1030m・北向きの最高地点の畑(Gの隣)Y = 100坪のビニールハウス(町から借りている)ハナボウズの様子(Instagram):https://www.instagram.com/hanaboze92https://listen.style/p/hanaboze92?Y5d1uTfJ
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