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小山ナザレン教会 — 191 episodes
世に勝っている?(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:25–33
わたしたちの生きる道は(石田学) – ローマ 16:17–24
誰にも奪えない喜び(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:16–24
なぜ私たちに聖霊が与えられたのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 16:4b–15
教会、それは友の交わり(石田学) – ローマ 16:6–16
対立や敵意とどのように向き合えば良いのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 15:18–16:4a
約束の虹を共に見つめる(稲葉基嗣) – 創世記 9:8–17
ぶどうの木につながり、実を結ぶ(稲葉基嗣) – ヨハネ 15:1–17
主イエスは平和を残す(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:25–31
キリスト者は一人で荒野を行くか(石田学) – ローマ 16:1–5
誰ひとり孤児としない(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:15–24
なぜ主イエスの名によって祈るのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:8–14
安心して従う生き方(稲葉奈々) – 創世記 24:42–49
今ここに訪れた命(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:1–7
正解探しではない旅への招き(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:1–7
主イエスはどのような意味で道なのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:1–7
主イエスが用意する居場所(稲葉基嗣) – ヨハネ 14:1–4
簡単に命を捨てるな(稲葉基嗣) – ヨハネ 13:36–38
互いに愛し合う道の出発点(稲葉基嗣) – ヨハネ 13:31–35
主イエスがパン切れを与えた理由(稲葉基嗣) – ヨハネ 13:18–30
主イエスの愛が、先立つ(稲葉基嗣) – ヨハネ 13:1–17
今、闇の中で共にある光(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:44–50
教会はサイレント・マジョリティの群れではなく、耳を傾け合う交わり(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:37–43
光の子として歩みなさい(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:27–36
主イエスがいる場所(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:20–26
死の衣は置き去りにされた(稲葉基嗣) – ヨハネ 20:1–10
平和の王の叫び声を聞け(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:12–19
ラザロの沈黙(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:9–11
香油の香りで満たしてください(稲葉基嗣) – ヨハネ 12:1–8
この口から呪いの言葉を消してください(稲葉基嗣) – 哀歌 1:12–22
傷ついた私たちを見てください(稲葉基嗣) – 哀歌 1:1–11
主にある謙遜に生きる(稲葉奈々) – フィリピ 2:1–11
主イエスの死は誰のため?(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:45–57
「出て来なさい」と主イエスは叫ぶ(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:38–44
イエスと共に作り変える(稲葉奈々) – マルコ 11:15–19
主イエスの涙はどこで流れる?(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:28–37
過去が及ぼすもの、未来が与えるもの(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:17–27
希望なき場所に訪れる友(稲葉基嗣) – ヨハネ 11:1–16
ナザレのイエスと共にある旅(稲葉基嗣) – マタイ 2:13–23
主イエスの焼き印を帯びて(稲葉基嗣) – ガラテヤ 6:17–18
笑い声が響く世界であるように(稲葉基嗣) – マタイ 2:13–18
主イエスを王として迎える(稲葉基嗣) – マタイ 2:1–3
あの夜、輝く星が示したように(稲葉基嗣) – マタイ 2:1–12
旅する主イエス(稲葉基嗣) – マタイ 1:22-23, 2:1–12
声なき声を受け止めるために(稲葉基嗣) – マタイ 1:1-17
広い場所へと導くために(稲葉基嗣) – マタイ 1:1-6a
誠実さをもって生きる(稲葉基嗣) – マタイ 1:1-6a
キリストをかしらとする共同体(稲葉奈々) – コロサイ 1:11–20
主イエスがこだわったこと(稲葉基嗣) – ヨハネ 10:31–42
どうやって主イエスの行いを見つめることができるの?(稲葉基嗣) – ヨハネ 10:19–30
羊飼いキリスト(稲葉基嗣) – ヨハネ 10:11–18
祝福と喜びの互恵関係を生きる(石田学) – ローマ 15:22–33
門である主イエス(稲葉基嗣) – ヨハネ 10:1–10
神は、その名を呼び続ける(稲葉基嗣) – ヨハネ 10:1–6
私たちは夢見る旅人(稲葉基嗣) – 創世記 11:10–12:9
バベルの塔の物語は呪い?それとも祝福?(稲葉基嗣) – 創世記 11:1–9
どんな地図を作りたい?(稲葉基嗣) – 創世記 10:1-32
わたしたちが福音を信じるということは(石田学) – ローマ 15:14–21
呪いではなく、祝福の始まりの場所となるように(稲葉基嗣) – 創世記 9:18–29
初めに、神が虹をかけたから(稲葉基嗣) – 創世記 9:1–17
箱舟の前の祭壇(稲葉基嗣) – 創世記 8:1–22
キリストこそ世界の救いの希望(石田学) – ローマ 15:7–13
平和のために招かれて(稲葉基嗣) – コロサイ 3:12–17
箱舟の中を見つめる(稲葉基嗣) – 創世記 7:1–8:5
神の後悔は過ぎ去ったのだろうか?(稲葉基嗣) – 創世記 6:1–22
慰めを待ち望む(稲葉基嗣) – 創世記 5:1–32
私たちはどんな歌を歌おうか?(稲葉基嗣) – 創世記 4:17–26
カインが忘れていたこと(稲葉基嗣) – 創世記 4:1–16
主イエスこそ我が望み(石田学) – ローマ 15:1–6
人はなぜ園の外へ出て行ったのか?(稲葉基嗣) – 創世記 3:14–24
探し続ける神(稲葉基嗣) – 創世記 3:1–13
霊の絆で結ばれて(稲葉基嗣) – 創世記 2:15–25
私たちの働き方改革(稲葉基嗣) – 創世記 2:4–17
弱さも違いも、神の息吹に包まれて(稲葉基嗣) – 創世記 2:4–7
信頼と抵抗の日(稲葉基嗣) – 創世記 1:31–2:3
「極めて良い」と宣言された世界で生きる(稲葉基嗣) – 創世記 1:20–31
人とは何者なのか(稲葉基嗣) – 創世記 1:20–28
夕があり、朝がある(稲葉基嗣) – 創世記 1:6–19
混沌とした世界に、神の息吹(稲葉基嗣) – 創世記 1:1-5
傷ついた主イエスを見つめることにどのような意味があるのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 19:1–16
聞いて、見つけてくださる神(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:35–41
小さな声に耳を傾け続ける(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:24–34
神が望む共同体のあり方とは?(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:13–23
泥を塗りつけてください(稲葉基嗣) – ヨハネ 9:1–12
神の国の予告編である教会(石田学) – ローマ 14:13–23
主イエスを拒絶する世界(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:48–59
神のもとで、私たちは何者なのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:37–47
自由への招き(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:31–38
命の光をもたらすために(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:21–30
どんなに闇が深くても(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:12–20
教会とは何か(石田学) – ローマ 14:1–12
なぜ主イエスは地面にものを書いたのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 8:1–11
驚きに満ちた旅(稲葉基嗣) – ルカ 2:41–52
あなたが必要です(稲葉基嗣) – ルカ 2:22–40
追いかけて、会いに来た神(稲葉基嗣) – エゼキエル 3:12–15
背負い、担う神(代読) – イザヤ 46:1–4
救い主はどこに来たのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:14
歩み寄るクリスマス(稲葉基嗣) – ルカ 2:1–20
喜びの声が響く、騒がしい夜(稲葉基嗣) – ルカ 2:1-20
沈黙に訪れる神(稲葉基嗣) – ルカ 1:57–80
マリアと共に歌え(稲葉基嗣) – ルカ 1:26–56
沈黙の中に喜びの知らせ(稲葉基嗣) – ルカ 1:1–25
主イエスが対立の原因なのだろうか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 7:37–53
夜更けの時を昼の如くに(石田学) – ローマ 13:11–14
主イエスはどこへ行くのだろうか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 7:32–36
主イエスに出会い続ける旅(稲葉基嗣) – ヨハネ 7:25–31
主イエスはかき乱す(稲葉基嗣) – ヨハネ 7:10–24
神の時の訪れを待ち望みながら(稲葉基嗣) – ヨハネ 7:1–9
それでも、主イエスは共にあろうとする(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:60–71
主イエスはわたしたちの内にとどまっている(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:51–59
神に向かって叫べ(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:41–51
復活の命を分かち合う(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:34–40
わたしたちのマナ、イエス・キリスト(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:26–35
天の御国を目指す船旅(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:16–25
挑戦的な食卓(稲葉基嗣) – ヨハネ 6:1–15
わたしたちの愛の出発点(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:41–47
寄り添う神(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:31–40
時の狭間で生きるわたしたちの祈り(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:19–30
安息を生み出すリズム(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:9b–18
主イエスが水を用いなかった理由(稲葉基嗣) – ヨハネ 5:1–9a
神は問いかける(稲葉基嗣) – ヨナ書 4:1−11
その怒りはどこへ行くの?(稲葉基嗣) – ヨナ 4:1-5
この都を愛する神(稲葉基嗣) – ヨナ 3:1–10
わたしたちと向き合い、語り合うことを喜ぶ神(稲葉基嗣) – ヨナ 2:1–11
嵐の中で明かされた神の思い(稲葉基嗣) – ヨナ 1:1–16
愛の負債はふくれあがる(石田学) – ローマ 13:7–10
神がこの世界に語りかける方法(稲葉基嗣) – ヨナ 1:1−6
神の言葉との衝突(稲葉基嗣) – ヨナ 1:1−4
三位一体って何?(稲葉基嗣) – イザヤ 6:1−8、ローマ 8:14−17
聖霊はわたしたちに呼応する(稲葉基嗣) – エゼキエル 37:1−14
不確かに見える、確かな言葉(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:43−54
生ける水はどのように流れるか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:27−42
どこで礼拝をするべきですか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:13−26
キリストの遠回り(稲葉基嗣) – ヨハネ 4:1−15
傷ついた主イエスが間に立っている(稲葉基嗣) – ルカ 24:36–53
目が開かれて、旅立つ(稲葉基嗣) – ルカ 24:13–24:35
思い出すことは、希望を見つめること(稲葉基嗣) – ルカ 23:50–24:12
平和を求めて歩む旅路(稲葉基嗣) – ルカ 19:28–44
脇役に徹した洗礼者ヨハネ(稲葉基嗣) – ヨハネ 3:22–36
神が世界に愛を示した方法(稲葉基嗣) – ヨハネ 3:11–21
新しく生まれるってどういうこと?(稲葉基嗣) – ヨハネ 3:1–10
熱情の行き場(稲葉基嗣) – ヨハネ 2:13–25
水がぶどう酒に変わるための条件(稲葉基嗣) – ヨハネ 2:1–12
疑いを抱きながら、主イエスと出会う(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:40–51
主イエスは問いかけながら、招く(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:35–42
見よ、神の小羊を(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:29–34
ヨハネはなぜ荒れ野で叫ぶ声なのか?(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:19–28
神はどこにいるの?(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:14−18
誰が光を指し示す?(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:1−13
混沌とした世界に、神の息吹(稲葉基嗣) – 創世記 1:1−5
暗闇が深まる世界で輝き続ける光(稲葉基嗣) – ヨハネ 1:1−5
神は、わたしたちと共にいることを選んだ(稲葉基嗣) – マタイ 1:18−25
きみも天使と歌おう(稲葉基嗣) – ルカ 2:8−20
キリストにあって、新しく始まる(稲葉基嗣) ー マタイ 1:1−17
キリストの訪れを待ち望む(稲葉基嗣) ー マタイ 1:1−11
当たり前が覆されるという希望(稲葉基嗣) ー ルツ 4:13−22
ボアズの抗議(稲葉基嗣) ー ルツ 4:1−12
その翼を広げてください(稲葉基嗣) ー ルツ 3:1−18
ここに居場所がある(稲葉基嗣) ー ルツ 2:1−23
境界線を乗り越える友(稲葉基嗣) ー ルツ 1:1−22
贈り物の届け方(稲葉基嗣) – フィリピ4:10−23
喜びはベース音のように響き続ける(稲葉基嗣) – フィリピ4:4−9
彼女たちを助けてあげてください(稲葉基嗣) – フィリピ4:2−3
お互いを模範として歩む(稲葉基嗣) – フィリピ3:17−4:1
ランナーのように目標を見据えて(稲葉基嗣) – フィリピ3:12−16
君の誇りは何?(稲葉基嗣) – フィリピ3:1−11
正義と平和が流れるように 〜 Let Justice and Peace Flow(ニシャンタ・グネラトゥネ) ー 創世記1:27-31
歓迎してください(稲葉基嗣) – フィリピ2:19−30
ここから始めよう(稲葉基嗣) – フィリピ2:12−18
教会が歌い続ける理由(稲葉基嗣) – フィリピ2:1−11
教会が奏でるハーモニー(稲葉基嗣) – フィリピ2:1−4
わたしたちはなぜ集まり続けるのか?(稲葉基嗣) – フィリピ1:27−30
キリスト者は死をどのように見つめるのか?(稲葉基嗣) – フィリピ1:19−26
たとえ理想通りでなかったとしても(稲葉基嗣) – フィリピ1:12−18
キリストの日に向かって歩む教会(稲葉基嗣) – フィリピ1:3−11
主イエスこそきずな(稲葉基嗣) – フィリピ1:1−2
なぜアモスの言葉は受け継がれてきたのか?(稲葉基嗣) – アモス9:1−15
安息日はいつ終わる?(稲葉基嗣) – アモス8:4−14
結局、アモスは何者なの?(稲葉基嗣) – アモス7:7−8:3
それでも、とりなしの祈りは終わっていない(稲葉基嗣) – アモス7:1−6
すべてのものの主であるキリスト(石田学) – ローマ13:1−7
分断を乗り越える宴会へようこそ(稲葉基嗣) – アモス6:1−14
公正と正義が水のように流れ続けるならば(代読) – アモス5:18−27
嘆きの中で神を求める(稲葉基嗣) – アモス5:1−17
語る者と聴く者(土肥努) – 1テサロニケ2:1−4
それでも、神は出会いを求めている(稲葉基嗣) – アモス4:4−13
噛みつかれてしまった!(稲葉基嗣) – アモス3:9−4:3
主イエスはどこにいるのか?(稲葉基嗣) – マタイ28:16–20
不都合な物語(稲葉基嗣) – マタイ28:11-15
揺れる信仰、揺るがぬ神の愛(稲葉基嗣) – マタイ28:1-10
揺れる都、揺れぬ御国(稲葉基嗣) – マタイ21:1–11